西暦二千十七年十一月三日

書くべきことは昨日のやつに取られたので、今日はたぶん何もしてない。何もしてないの国、ここシテニアからお届けしています。

 

ルーディ・ラッカー『セックス・スフィア』読んだ。なんとなくテロ、なんとなく原爆を手作り、なんとなく爆発、なんとなくセックス、なんとなく人類を救済/滅亡、そういう小説。語り口のいい加減さは生来のものというより、人間をただちに発情せしめる無限次元超球なんてとんでもないガジェットを無理やり押し込んでプロットが複雑骨折してしまったからなんだと思うけど、三文小説パートのスーダラ加減を読んでいると何か大事なことを思い出せそうになる。セックス球の催淫効果を描写したいからって、裸の男女をパっとしない理由で抱き合わせた格好にしておいてファックさせるところとか、ちょっといい加減にしてほしい。総じてたいへん楽しめた。あと多分冴えない男がジメジメ薄暗い場所でうずくまりながら、ガンギマリになって「ヒルベルト空間が見える……」とか「この超ビンビン異常ちんぽで……」(ムシヌユン)とか言い出すのに脆弱性があるっぽい、ウエルベック、そうかもしれない。そういうとこばっか読んでてもしょうがないんだけど。

 

リディア・デイヴィスの短編集が渉猟のかいもありいくつか溜まってきた、ので少し読む。長いものでも二十ページ、ときには一行しかない掌編たちは、しかしどんなに短くても詩と呼びたくないこの感覚はベケットもそうだったな、と思い至る。はい。

 

明日に続く。